浜田太 エッセイ集
その1.出会い
「地元の人がこれじゃな・・・」旅人に言われたことばである。
東京から故郷奄美へUターンして4~5年が過ぎた1985年頃のことだった。
あるホテルのエレベーターで3~4人の旅行者と乗り合わせた。
私は「奄美は何処に行ったらおもしろいですか」と尋ねられ、咄嗟に
「奄美におもしろいところなんてありますかね」
と答えてしまったのである。
そして、冒頭の言葉が返ってきたのだった。
このころの私は、東京の出版社を辞めUターンしたものの自分のテーマが見つからずダラダラとした日々を送っていた。
この旅行者の言葉は私の胸にぐさりと突き刺さった思いがした。
なぜ、
「こんな素晴らしいところがたくさんありますよ」
と言えなかったのだろうか。
自分の生まれ故郷であり、一回しかない人生を送っている場所を何も知らないで過ごしている自分の姿がそこにあったのだった。
こんな私にテーマなんてみつかるはずもないと思った。
きっと、あの旅人たちもこんな島に二度と来たくないと思ったにちがいないと思うと、はずかしさで頭の中がいっぱいになった。
以来、テーマ探しは故郷を知ることから始まった。
それまでの私の奄美感は、エメラルドブルーと青い空、そして白い砂浜と、南の島を形容するイメージで見ていた。
奄美らしさとはなんだろう。
そのことばかりを考えるようになった。
そして、1986年7月のある日、家族で名瀬市の近郊の大浜海岸で夕日を眺めている時、頭をよぎったのが「アマミノクロウサギに会いたい」だった。
さっそく山奥の林道へ車を走らせた。
そばには嫁さんと娘2人が一緒だったが、奄美の森にはケンムン(キジムナー)が棲んでいると言われ夜の森に入る人などいない頃だった。
40~50分走っただろうか。林道の真中に何やら黒いかたまり見えてきた。ゆっくり車を進めるとライトで目がルビー色に光った。
「アマミノクロウサギだ」
思わず叫んだ。
全身に鳥肌が立ったことを今でもハッキリ覚えている。
旅人との苦い出会いとアマミノクロウサギとの出会いがその後の私の人生を決定付けたのだった。