浜田太 エッセイ集

その4 1千万年の秘密

「ピューイ」夜中の11時を過ぎた頃、第一声が聞こえた。
やがて近くに母ウサギが出現。
私はテントの中で息を殺して暗視カメラを覗き込む。

30分ほどたって、母ウサギが巣の前に現れた。
あたりを見回し、鼻でクンクンと匂いを嗅いでいる。
そして、前脚で土をかき出し始めた。
時々、口を使い堅くなった土を齧りながら全身を使ってかき出している。
いよいよ1000万年の生の営みが、目の前で行なわれ様としている。

私は、全身汗をかきながらモニターに見入っていた。
およそ10分近くたったころだろうか、母ウサギは巣の入口に向かって動かなくなった。
「しまった、気付かれた」と思い私はやむなく観察を中止した。

翌日、同じように待ったがなかなか現れない。
眠い目を擦りながらモニターをじっと見詰める。
夜中1時、2時、3時と過ぎいつの間にか眠って朝を迎えてしまい来たのか来なかったのか分からない。

子育てを止めてしまったのでないか。
中の子ウサギはどうなるのだろうか。
後悔と期待とが交錯した3日後巣の入口を調べてホットした。
真新しい土がかぶっている。
母ウサギは来ているようだ。

再びカメラをセットし母ウサギの出現を待った。
前回と同じように夜十一時過ぎに現れ土を掘り始めた。
ところが、巣を開けた頃また巣の入口に体を向け、じっとしているではないか。
私はかなり動揺した。

その時間およそ5分間。
ほとんど祈るような思いでいるその時、母ウサギが動き出した。
入口に何と子ウサギが顔を覗かせているではないか。
私は自分の目を疑った。授乳は入口で行われていたのである。
あのじっとしている5分間が授乳時間だったのだ。

しばらくして、母ウサギは巣穴を閉じ始めた。
前脚で土をかき集め、穴の中に押し込んでいる。
何度も何度も繰り返し入口をトン、トン、トンと固めている。
私は初めて見る世にも不思議な行動をするウサギの姿を、固唾をのんで見守っていた。

しかし、あまりにも衝撃的だったためテントの中は私の汗と熱気でモニターが結露を起こし故障してしまいその後の観察が出来ずカメラに納める事は殆どできなかった。
一生に一度出会えるとも思わなかったアマミノクロウサギの子育てを中途半端な観察に終えてしまった。
ただただ、自分の技術力のなさを後悔するばかりだった。

2度と見つからないと思っていた子育ての巣を96年秋再び見つけた。
この時の観察で授乳が2日に1度であることがわかった。
彼らの生の営みには気の遠くなるような時間の積み重ねと奄美大島の豊な自然が育んできた。
故郷奄美の懐の深さを感じずにはいられなかった。

琉球新報社 落穂 2002.8.22掲載