浜田太 エッセイ集

その3 発見

ここは、奄美大島の山中。
夜の原生林の真っ只中、私はテントの中からある一点を息を殺して見つめていた。
そこは赤土の斜面で、何者かによっておよそ30センチ四方が、ペタペタと塗り固められたようになっていた。
あたりは、見事な漆黒の闇。
約100メートル離れた所から特殊装置を使って謎の生き物の登場を待っているところだった。

彼らは、およそ1千万年前からこの奄美大島と徳之島だけに生き続けていると考えられている。
体毛はこげ茶色をし、耳と脚は短く、森の岩の隙間や土に穴を掘り、暗闇のなかを行動するがこれ以上の生態は全て不明という彼らこそ、国の特別天然記念物で、生きた化石「アマミノクロウサギ」である。
私は、彼らの子育て用の巣穴の前で今、まさにに1千万年も生き続ける神秘的な生の営みを目の当たりにしようとしていた。

「アマミノクロウサギは、親の巣と別に穴を掘って、そこに子ウサギを産み、夜な夜なお乳を飲ませにやってくる。 それ以外は入口を土で閉じてしまうよ」
と何とも信じがたい不思議な子育ての様子を森に詳しい古老から聞いたことがあった。

私のクロウサギ撮影も9年目に入った94年11月中旬のこといつものようにフィールドワークをしているうちに、赤土を塗り固めたような妖しい場所を発見した。
これが古老が言っていた子育ての巣穴であることを確信するのにあまり時間はかからなかった。
93年この場所はおよそ30センチ程穴が掘られてそのままになっていたので、何となく記憶に残っていたのだ。

しかし、巣を眺めながら立ち尽くし,様々な疑問が私の頭の中を駆け巡っている。
母ウサギは、何時に現れどうやってこの入口を開くのか。
お乳は穴の中に入って飲ませるのだろうか。
何と言っても1千万年の生の秘密を知ってしまっていいのだろうか。
暫く巣穴の前で自問自答が続いた。

「奄美の自然の中で、僕らはこうやっていきてきたんだ。人間たちはこのことを知り、森を大切にして欲しい」。
こんなことを言いたくて、彼らは私に巣を発見させたのではないか。
自分勝手な解釈だが、私は撮影したい気持ちを抑えることは出来なかった。

琉球新報社 落穂 2002.8.8掲載